2012年4月28日土曜日

判例ウォッチング-160527


判例ウォッチング-160527

◆H16. 5.27 東京地方裁判所 平成15年 損害賠償請求

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判示事項の要旨:
呼吸困難等を訴えて救急車で搬送された患者が入院翌日に肺塞栓症で死亡したことについて、担当医師に適切な検査・診断を怠った過失が認められた事例

H16.5.27東京地方裁判所平成15年 損害賠償請求事件

主文

   1 被告は、原告Aに対し、3404万9678円、原告B、原告C及び原告Dに対し、各1161万6559円並びにこれらに対する平成14年7月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

   2 原告らのその余の請求を棄却する。

   3 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

   4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

   被告は、原告Aに対し、3855万0681円、原告B、原告C及び原告Dに対し、各1238万3560円並びにこれらに対する平成14年7月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

   本件は、E(昭和22年9月5日生まれ。)が、平成14年7月17日、呼吸困難のため、被告が開設するF病院(以下「被告病院」という。)に救急車で搬送されて、入院したところ、同月18日に、肺塞栓症を原因として死亡したことについて、Eの相続人である原告らが、被告に対し、搬送されてきたEの肺塞栓症を疑い、適切な検査・診断をすべきであったのに、被告はこれを怠ったと主張して、主位的に、不法行為(使用者責任)に基づき、予備的に、債務不履行に基づき、損害賠償を求める事案である。

 1 前提事実(証拠を掲げない事実は、当事者間に争いがない。)

  (1) 当事者等

   ア 原告ら等

     原告Aは、Eの夫であり、原告B、同C、同Dは、それぞれEの長女、次女、長男である(甲C1、C2)。

   イ 被告等

     被告は、神奈川県鎌倉市に被告病院を開設している医療法人である。

     G医師は、平成13年4月から平成15年3月まで、被告病院循環器科の勤務医であった(乙A5、証人G)。

  (2) 診療経過

   ア 被告病院来院に至る経緯

     Eは、平成元年ころから生命保険会社の外務員として働いていたところ、平成14年7月16日(以下、年月は特に記載ない限り、平成14年7月である。)の朝、出勤する途中に胸苦しさや胸痛を感じたため、鎌倉市大船所在のHクリニックで診察を受け、狭心症の疑いがあることを指摘された(甲A2・2頁、A4、A5、C3の1、乙A2・26頁、原告A・原告B各本人。以下、枝番のある書証については、特に枝番を示さない限り、全ての枝番を含む。)。

     Eは、翌17日の午前中は仕事を休んで自宅にいたが、体調が改善しなかったことから、Hクリニックで紹介状をもらって専門病院で診察を受けることとし、同日午後2時ころ、原告Aに付き添われ、自転車で西鎌倉駅に向かった(甲A4、原告A本人)。

     ところが、その途中、Eは、呼吸困難に陥ったため、西鎌倉駅到着後、救急車で被告病院へ搬送され、被告との間で同症状の治療についての診療契約を締結した(甲A4、原告A本人、弁論の全趣旨)。

   イ 被告病院来院後の診療経過

     被告病院に来院後のEの診療経過は、別紙診療経過一覧表記載のとおりである(当事者の主張の相違する部分を除き、争いがない。)。

  (3) 肺塞栓症

   ア 症状、所見

     肺塞栓症とは、肺動脈を血栓性栓子が閉塞した状態をいう(甲B1、B5、B10、B14)。

     塞栓子が血流に乗って肺まで運ばれると、肺血管系の循環障害が生じる結果、胸痛、呼吸困難、チアノーゼ、頻呼吸等の臨床症状を呈し、時にはショック状態に陥り、死に至ることもある(甲B2、B4、B5、B7、B13、B14)。

     肺塞栓症の検査所見としては、動脈血の低酸素血症、下大静脈の拡大、右心負荷に伴う右室の拡大、左室の圧排、肺動脈圧の上昇等が挙げられる(甲B1、B2、B5からB8まで、B14)。

   イ 診断、治療

     胸痛、呼吸困難の原因となりうる疾病には、肺塞栓症のほかにも、狭心症、急性心筋梗塞、大動脈瘤解離等があるが、肺塞栓� �の鑑別診断のための検査としては、動脈血ガス分析検査、心電図検査、胸部エックス線検査、心エコー検査、肺のCTおよびMRI検査、肺動脈シンチグラム、肺動脈造影検査等が挙げられる(甲B2、B3、B5からB10まで、B13、B14)。

     肺塞栓症を発症した場合の治療としては、新たな血栓の形成や発育を阻止する抗凝固剤の投与、血栓の溶解を促進する血栓溶解剤の投与、血栓による肺動脈の閉塞を予防するための下大静脈フィルターの挿入などがある(甲B1からB7まで、B14)。

 2 争点

  (1) 肺塞栓症についての検査義務違反及び因果関係の有無

   (原告らの主張)

   ア 肺塞栓症の発症時期

     Eは、被告病院における初診時には、既に肺塞栓症を発症していた。

    (ア) Eが16日に受診したHクリニックのカルテには、「昨日から Dyspnoe(呼吸困難)」との記載があり(甲A2)、被告病院のカルテには、「ここ数日、自転車で動いたり階段を登ったりした時に胸部圧迫感ある。しばらく休むと治る」、「本日トイレの後 chest pain(胸痛)」、「7/16 朝出勤途中 C.P(胸痛)○+ 大船駅で歩行できないくらい痛み強くなりHクリニック受診」(乙A2・4頁、21頁、24頁)等の記載があることからすれば、Eは、被告病院に来院する2日前の同月15日ころから、少し運動したり歩いたりすると呼吸困難や胸痛に見舞われ、しばらく静かにしていると治まる、という状態をくり返して� �たことが認められる。

      これは、Eが、被告病院へ入院する数日前から肺塞栓症を発症しており、血栓子が詰まっては流れ、詰まっては流れする状態を繰り返していたことを示すものである。

    (イ) また、被告病院入院後の心エコー検査では、Eについて、下大静脈の拡大と呼吸変動の減弱、右室の拡大と心室中隔の運動異常等、明らかに肺塞栓症を疑わせる所見が見られている。

    (ウ) なお、Eがショック状態に陥ってナースコールをしたのは、同月18日午前6時55分のことであるが、その直前の同日午前6時52分に採尿検査が行われていることを考えると、本件では、Eが採尿のためにトイレへ往復したことにより、下肢深部静脈の血栓が一気に肺動脈に達し、広範な閉塞を起こしたとみることができ� �。

   イ 肺塞栓症についての検査義務違反

     被告病院の担当医師は、搬送されてきたEの肺塞栓症を疑い、適切な検査・診断をすべきであったのに、これを怠った。

    (ア) 被告病院の担当医師は、救急車で搬送されてきたEについて、まず狭心症や心筋梗塞等の虚血性心疾患の発症を疑い、同日午後3時ころから、Eに対して心臓カテーテル検査を実施したものの、心臓の血管に異常はなく、狭心症や心筋梗塞等の虚血性心疾患である可能性は否定されたのであるから、Eの症状の原因を究明するため、他の疾患の有無について、さらに検査を行う必要があった。

      とりわけ肺塞栓症や大動脈瘤解離は、胸痛や呼吸苦等、心筋梗塞や狭心症等の虚血性心疾患と類似の症状のところ、放置すれば致死的な 状態に立ち至る疾患なのであるから、被告病院の担当医師は、少くともこれらの疾患の除外診断に必要な検査は早急に行うべきであった。

    (イ) この点、血液検査の結果、ヘモグロビン値が9.4と正常よりかなり低く、Sa02 も酸素吸入が行われていたにもかかわらず97パーセントと再び低下しており、血液のガス交換機能低下の徴候が見られていた。

      また、同日午後5時40分ころから、Eに対し、本件心エコー検査が行われたところ、Eの下大静脈の拡張と肺動脈圧の上昇が見られ、心臓の右室の拡大も見られた。

      これらの検査結果は、肺塞栓症の発症を十分に疑わせるに足るものである。

    (ウ) したがって、被告病院の担当医師としては、Eの肺塞栓症を疑い、適切な検査・診断を すべきであった。

      ところが、被告病院の担当医師は、Eに対して適切な検査・診断を行わず、早期の予防及び治療措置を採らなかった結果、Eを死に至らせたのである。

   ウ 因果関係

     被告病院の担当医師が、上記イの検査・診断を直ちに行っていたならば、17日午後6時過ぎには、Eが肺塞栓症を発症していることが判明したといえるから、これに対して適切な処置や治療を行うことによって、翌18日に生じた致死的状態を回避することができた。

   (被告の主張)

   ア 原告らの主張は争う。

   イ 肺塞栓症の発症時期

     Eは、被告病院における初診時には、肺塞栓症を発症していなかった。

    (ア) すなわち、肺塞栓症は、緊急性の高い致死的疾患であって、肺塞栓症患者で死亡する場合、その多くは発症1時間以内に、死亡するとされているところ、Eは、17日午後2時30分ころ自転車に乗っていた際に発症し、それから23分後の同日午後2時53分ころに救急車で来院した際には症状は消失している(乙A1・23頁、乙A2・24頁)。


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      また、肺塞栓症を発症している場合、少なくともそれが致死的なものであれば、酸素吸入を行ってもSa02 は上昇しないところ、Eについては、被告病院到着時に酸素吸入措置が施され、93パーセントであったSa02 が、99パーセントにまで上昇している。

      さらに、Eは、血圧・脈拍が正常であり、みずから歩行し、会話をし、入院後も食事を全部摂取していた(乙A1・32頁)。

      これらの事実からすると、被告病院における初診時のEには、緊急性の高い致死的な肺塞栓症が発症していたとはいえない。

    (イ) なお、Eについては、18日午前6時55分ころ胸痛を訴えてナースコールがなされ、同日午前7時にはシ ョック状態となり、その後、ほぼ心停止の状態に至っていること、同日午前6時55分以降、ポータブルの心エコー器による検査で、右室拡大、左室圧排の状態が確認されたことからすると、18日午前6時55分ころに、血管内を移動してきた血栓が両側肺動脈に詰まり、閉塞させてしまったと考えられる。

   ウ 肺塞栓症についての検査義務違反

     本件心エコー検査終了の時点では、Eについて肺塞栓症を疑うべき結果が検出されなかったのであるから、被告病院には、Eの肺塞栓症を疑って適切な検査・診断を行うべき義務はなかった。

    (ア) 被告病院のG医師は、17日午後3時30分ころ、Eについて、不安定狭心症を疑い、心臓カテーテル検査等を行ったが、狭心症など虚血性心疾患は完全に否定的と判断した。

      しかし、G医師は、原因が不明である以上、その原因を調査するため、他の疾患を想定して精査継続する必要があると判断し、Eの帰宅を強く希望するEと原告Aに対し、原因不明のまま帰宅させることはできず、原因が判明していない以上疑わしいところから一つ一つ検査を継続していく必� ��があると説明した。

      そして、G医師は、Eについて、血液検査の結果によれば、貧血及び肝機能の検査値が高値であったことから、貧血の精査、腹部エコーを翌18日に行うこととした。また、以前に子宮筋腫が指摘されており、過多月経が認められるにもかかわらず、これらを放置してきていたことから、翌18日に婦人科の受診も必要と判断した。

    (イ) 17日午後6時ころ、本件心エコー検査が実施され、同日午後9時ころ、その結果がG医師のもとに報告された。

      これによると、肺塞栓症の典型的な症状である右室拡大や左室圧排の事実は認められなかった。

      なお、本件心エコー検査の結果については、肥満のため鮮明な画像が得られていなかったものの、下大静脈の拡張が認 められ、推定される肺動脈圧が38mmHgとやや高めであった。

      この所見からは、シャント性疾患(心房中隔欠損症、心室中隔欠損症など)や慢性的な肺塞栓症の可能性が考えられたため、更なる精査として、経食道エコーや肺血流シンチグラム等が必要であった。

      もっとも、経食道エコーについては、侵襲的な検査であり、症状の訴えもなく、状態も安定しており、既に就寝中であったEに対して、夜間緊急に行うべき検査ではないと判断した。

      肺血流シンチグラムについては、Eの病態等に照らすと、夜間緊急に検査を実施する合理的な理由がなく、試薬を取り寄せる作業にも時間がかかることから、翌18日に同意を得た上で、早期に検査を行う必要があると判断された。

     � �造影CTについては、造影剤を使用する検査であるところ、心カテーテル検査において既に100ミリリットル程度の造影剤を使用しているのに、さらに、緊急性がないにもかかわらず、再び造影剤を投入して造影CTを実施することに合理性が認められないと判断された。

    (ウ) 以上から、本件心エコー検査終了の時点では、Eについて肺塞栓症を疑うべき結果が検出されなかったのであるから、被告病院の担当医師には、本件心エコー検査後、CT、肺血流シンチグラム等の検査をすべき義務はなかった。

    (エ) なお、過失の有無の判断は、行為時の事情からプロスペクティブになされるべきであって、その後に判明した事実(本件では、18日午前6時55分以降にEの肺塞栓症が判明した。)を判断の基礎に含めるようなレト� �スペクティブなものであってはならない。

   エ 因果関係

     18日午前6時55分以降、血栓がEの肺動脈の両方を本幹部で閉塞してしまったという事実は、全く偶発的な出来事であって、当該事実と因果関係が認められ得る被告の行為はそもそも存在しない。

     なお、血液が体内を循環している以上血栓が生じる一般的な可能性は常に存するのであるから、仮に、被告の医師がEに最も適切な肺塞栓症に対する治療行為を実施したとしても、同日午前6時55分以降の肺塞栓症の発症を回避できたかどうかは不明である。

     したがって、本件心エコー検査の後、肺塞栓症の検査を直ちに実施しなかったことと、同日午前6時55分以降に血栓が両方の肺動脈を本幹部で閉塞してしまった事実との間には、法的な因果関係は存在しない。

  (2) 損害

   (原告らの主張)

   ア Eの損害

    (ア) 逸失利益                3770万1363円

      Eは本件事故当時満54才であり、生命保険会社の外務員として年間573万3350円の収入を得ていた。これをもとに、生活費割合を30パーセントとして、同人が67才まで稼働した場合の逸失利益を計算すると、573万3350円×0.7×9.394=3770万1363円となる。

    (イ) 慰謝料                     2400万円

      Eは、職業人として、また妻、母として活動的な日常を送っていたにもかかわらず、被告病院の担当医師が適切な診断・治療を行う義務を怠った結果死亡するに至ったものであって、これに対する慰謝料は2400万円が相当である。

    (ウ) 相続

      上記(ア)、(イ)の合計6170万1363円は、夫である原告Aが、3085万0681円、子であるその余の原告らが、各1028万3560円ずつ、それぞれ相続した。

   イ 原告ら固有の損害

    (ア) 原告Aの損害

     a 葬儀費用                    120万円

       原告Aは、Eの葬儀を主宰したが、葬儀費用のうち120万円は、本件と因果関係のある損害として、被告が負担するのが相当である。

     b 慰謝料                     300万円

       被告病院の担当医師の過失により、突然配偶者を失った原告Aの精神的苦痛に対する慰謝料は、300万円が相当である。

    (イ) 原告B、同C、同Dの損害

      原告らはいずれも母であるEを突然奪われ、強い精神的苦痛を蒙った。これに対する慰謝料は各100万円が相当である。

   ウ 弁護士費用

     原告らは、本件訴訟の追行を原告代理人らに依頼し、弁護士会所定の着手金ならびに報酬を支払うことを約した。これらの弁護士費用のうち各人の損害額の約1割にあたる金額(原告Aにつき350万円、原告B、原告C及び原告Dにつき各110万円)は、本件医療事故と相当因果関係のある損害として、被告が負担すべきものである。

   エ よって、原告らは、被告に対し、主位的に不法行為(使用者責任)に基づき、予備的にEと被告との間の診療契約の債務不履行に基づき、原告Aについては3855万0681円、原告B、原告C及び原告Dについては各1238万3560円の損害金並びにこれらに対するEが死亡した日である平成14年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

   (被告の主張)

    原告らの主張は争う。

第3 判断

 1 認定事実

   前記前提事実、証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば、Eの診療経過について、以下の各事実が認められる。

  (1) 被告病院来院に至る経緯について

   ア Eは、平成元年ころから生命保険会社の外務員として働いていたところ、16日の朝、出勤する途中に胸苦しさや胸痛を感じたため、鎌倉市大船所在のHクリニックで診察を受けた(前記前提事実)。

     Hクリニックでの診察の結果、Eは狭心症の疑いがあることを指摘された(前記前提事実、甲A4、原告A本人)。

     そして、Eは、近日中に循環器の専門病院で診察を受けるよう勧められ、被告病院あての紹介状を書いてあげるから行きなさいと告げられた(甲A4、原告A本人)。

   イ 同日午後11時ころ、既に原告Aが布団に入ってうとうとしていたところに、Eが帰宅した(甲A4、原告A本人)。

     原告Aは、Eが玄関から屋内に上がってくる気� ��が一向に感じられなかったことから、玄関まで様子を見に行ったところ、Eは玄関にうずくまっていた(甲A4、原告A本人)。

     原告Aが、「どうしたんだ。」と声をかけると、Eは、「今日は本当に疲れた。」と言いながら立ち上がり、着替えることも食事を取ることもせずに、すぐに寝室へ行き、眠りに就いた(甲A4、原告A本人)。

   ウ 翌17日の朝、Eは普段よりも起床時刻が遅く、トイレに行く動作もゆっくりであり、顔色もやや青ざめていた(甲A4、原告A本人)。


皮膚炎をekzematöse

     このようなEの様子を気にかけた原告Aが、「おまえどこか悪いんじゃないか。」と尋ねたところ、Eは、前日にHクリニックで診察を受けたこと、狭心症の疑いがあると指摘されたこと、循環器の専門医の診察を受けた方がよいと勧められたこと、被告病院あての紹介状を書いてあげるから行きなさいと告げられたことを原告Aに話した(甲A4、原告A本人)。

     この話を聞いた原告Aは、Eに対して仕事を休むように勧め、自らも仕事に出るのを見合わせて、Eと自宅で過ごすことにした(前記前提事実、甲A4、原告A本人)。

     そして、昼過ぎになってもEの症状が変わらなかったことから、原告Aは、Hクリニックに紹介状を書いてもらって、Eを連 れて被告病院に行くことにした(前記前提事実、甲A4、原告A本人)。

   エ 同日午後2時過ぎころ、原告AとEは、自宅を出て、自転車に乗って最寄駅(自宅から自転車で2、3分の距離)である西鎌倉駅へ向かった(甲A4、原告A本人)。

     原告Aは、西鎌倉駅へ向かう途中、Eに対して、2度ほど「大丈夫か。」と声をかけたが、Eから返事はなかった(甲A4、原告A本人)。

     同日午後2時30分ころ、西鎌倉駅へ到着すると、Eは、バス停のベンチ脇に自転車を立てかけ、そのままベンチに倒れ込んだ(甲A4、原告A本人)。

     原告Aが、あわててEに駆け寄ると、Eは真っ青な表情で、ハアハアと喘ぎながら原告Aにしがみついてきた(甲A4、原告A本人)。

     このようなEの様子を見た原告Aは、� ��ぐそばにあった公衆電話から119番通報をして、救急車を呼んだ(甲A4、原告A本人)。

     そして、救急車が到着すると、原告Aは、Hクリニックに紹介してもらうつもりであった被告病院への搬送を依頼した(甲A4、原告A本人)。

     救急車で搬送される間、Eは、横になって酸素吸引を受けるなどしており、同日午後2時53分に被告病院に到着したときには、症状は軽快していた(甲A4、乙A1・23頁、A2・24頁、原告A本人)。

  (2) 被告病院到着後の診療について

   ア Eは、被告病院に到着すると、さっそく内科のI医師による診察を受けた(乙A2・24頁)。

     Eは、診察時には無症状となっていたものの、I医師に対して、ここ数日、自転車で動いたり、階段を上ったりしたときに、胸部圧迫感があり、しばらく休むと治ることを訴えた(乙A2・24頁)。

     I医師は、Eに対して血圧測定、心拍数測定、採血、胸部レントゲン撮影、心電図といった検査を行うとともに、循環器科の医師を要請した(乙A2・24頁)。

   イ 続いて、Eは、循環器科のG医師による診察を受けた(乙A2・21頁、A5、証人G)。

     このとき、G医師は、Eに対して、どうして救急車で来院することになったのか、いつから症状が現れているの かといったことについて問診を行った(乙A5、証人G)。

     これに対し、Eは、数日前から労作時に胸部に不快感があったこと、前日にHクリニックで診察を受けたこと、当日もトイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを訴えた(乙A2・21頁、A5、証人G)。

     そこで、G医師は、Eが狭心症を発症していることを疑い、心エコー検査と心カテーテル検査(冠動脈造影検査)を実施することとした(乙A1・4頁、A2・20頁、21頁、A5、証人G)。

  (3) 心カテーテル検査について

   ア 被告病院循環器科のL医師から、Eと原告Aに対して、心カテーテル検査についての説明が行われ、Eも原告Aも、心カテーテル検査の実施を同意した(甲A4、乙A1・9頁、A5、証人G)。

     そして、同日午後3時30分から午後3時50分まで、Eに対する心カテーテル検査が行われた(乙A2・6頁)。

   イ 心カテーテル検査の結果、冠動脈狭窄の疾患、冠動脈の攣縮、左室の壁運動の低下がいずれも認められなかったことから、G医師は、Eについて、狭心症や心筋梗塞は生じていないと判断した(乙A1・4頁、A5、証人G)。

  (4) 入院に至る経緯について

   ア その後、G医師は、ナースステーションで、原告Aと原告Aから連絡を受けて来院した原告Bに対して、Eの心カテーテル検査の結果について、狭心症や心筋梗塞の可能性は認められなかったことを説明した(甲A4、A5、乙A4、証人G、原告A・原告B各本人)。

     また、G医師は、採血による血液検査の結果、Eに貧血と軽度の肝機能障害を認めたところ、原告Aから、Eには子宮筋腫があったが放置したままである旨を聞いたことをも受けて、原告A及び原告Bに対し、Eについて、肝機能以上の検査のための腹部エコー、貧血の原因を調べるための血液検査、消化管出血を調べるための便潜血といった検査を受けることを勧めるとともに、子宮筋腫や過多月経について婦人科受診を勧めた(甲A4 、A5、乙A1・4頁、A4、証人G、原告A・原告B各本人)。

   イ 続いて、G医師は、原告Aと原告Bとともに、Eの病室へ移り、Eに対して同様の説明を行った(甲A4、A5、証人G)。

     これに対して、Eは、心臓に問題がないのなら帰りたいと申し出たが、G医師は、胸が苦しくなった原因がまだ分かっていない以上、原因を探して治療しなくてはならないことを説明しながら、20分程度の時間をかけて、入院するように説得を行った(甲A4、A5、乙A4、証人G)。

     その結果、Eは、被告病院に入院することとした(甲A4、A5、乙A1・14頁、33頁、A4、証人G)。

   ウ 入院後、午後7時ころ、Eは、心カテーテル検査の際のカテーテル挿入部位の止血中に、看護師に対して、動くと少し苦しいと、軽度の気分不快を訴え� ��(乙A1・33頁)。

  (5) 心エコー検査について

   ア Eは、午後5時30分ころから午後6時ころまで、生理検査の技師であるN技師によって心エコー検査を受けた(甲A4、A5、B12、乙A1・4頁、A2・20頁、A4、証人G。以下「本件心エコー検査」という。)。

   イ N技師は、Eの本件心エコー検査の結果を報告書にまとめた(乙A2・20頁)。

     この報告書では、肺動脈圧については「38mmHg」、下大静脈については、「29〜20mm」、「ややコンプライアンス弱いです」と記載されていた(乙A2・20頁、証人G)。

   ウ もっとも、G医師が上記報告書を確認したのは、午後9時ころになってからであった(乙A5、証人G)。

     そして、G医師は、上記報告書を読んで、肺動脈圧については、微妙な数値で、正常なものでもこの程� ��の数値を示すことがあると判断したが、下大静脈については、コンプライアンス(下大静脈が呼吸に伴って大きくなったり小さくなったり変動すること)が弱く、かつ拡張しており、肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していない(下大静脈の状態から判断すると、肺動脈圧はもっと高くなってよいはずなのに、それほど高い数値を示していない)ので、心電図を見直してみたところ、右心負荷傾向を示す所見が認められた(乙A1・4頁、証人G)。

     そこで、G医師は、肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えた(乙A1・4頁、証人G)が、心エコービデオの画像を確認することまではしなかった(証人G)。

   エ その後、G医師は、Eに心エコー検査の結果を説明するためにEの病室を訪れたが、すでに病� �は消灯されており、Eも寝息を立てていたことから、あえて起こすこともないと考え、説明は翌日に行うこととした(乙A5、証人G)。

  (6) Eの死亡

   ア 翌18日、Eに対して、午前6時ころに採血が、午前6時52分ころに採尿がそれぞれ行われた(甲A3の1、2)。

   イ その後、午前6時55分に、Eから、苦しいとのナースコールがあり、看護師が訪室したところ、Eには胸部痛、冷汗、過換気気味といった症状が認められた(乙A1・33頁)。そして、間もなく、Eは、痙攣を起こし、意識も消失するに至った(乙A1・5頁、33頁)。

     Eに対しては、気管内挿管や心マッサージ等の措置が行われる中、携帯型の心エコー器による検査が行われ、その結果、左室の圧排が認められたことから、G医師は、Eが肺塞栓症を発症していることを疑った(乙A1・5頁、37頁、A4)。

     そこで、G医師は、Eをカテーテル室へ移動させて、PCPS(補助人工心肺装� �)、IABP(大動脈バルーンパンピング)を挿入するとともに、肺動脈造影を施行したところ、左右の肺動脈に大量の血栓を認めた(乙A1・5頁、43頁)。

     このため、G医師は、Eに対して、血栓溶解剤の投与やスプリングワイヤーによる血栓の破砕を行った(乙A1・5頁)

     午前9時12分、EはICUへ搬送され、昇圧剤や血栓溶解剤の投与や輸血が行われた(乙A1・6頁、7頁、16頁、18頁、53頁)。

     しかし、Eの症状が改善する可能性は少ないと判断されたことから、G医師は、原告Aらと相談の上、Eを経過観察とすることにした(甲A5、乙A1・7頁)。

   ウ その後、Eの血圧は徐々に低下し、午後5時17分、Eは死亡した(甲A1、乙A1・8頁)。

 2 争点(1)(肺塞栓症についての検査義務違反及び因果関係の有無)について

   原告らは、被告は、搬送されてきたEの肺塞栓症を疑い、適切な検査・診断をすべきであったのに、これを怠ったと主張するので、これについて検討する。

  (1) G医師の検査・診断義務違反の有無について

ア 肺塞栓症についてのG医師の経験


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G医師は、被告病院循環器科に勤務するようになったのは、平成13年4月からである(前記前提事実)であるが、その前は、M病院に勤務しており、同病院において相当数の肺塞栓症の診断、治療の経験があり(G医師は、「かなり経験があるほうだと思います。」と供述している。)、自ら心エコー検査をして診断にあたっていた(証人G)。

そして、肺塞栓症の診断をする場合、心エコー検査で肺高血圧の所見が得られれば、肺血流シンチ等の検査を行い、確定診断をつけるのが診断のプロセスである旨供述している(乙A5、証人G)。

イ 被告病院における心エコー検査の態勢

被告病院における心エコー検査は、専属の医師がいないため、医師の監督下で生理検査の技師が検査を行うという態勢になっており、Eに対する本件心エコー検査も、G医師の監督のもとで生理検査の技師であるN技師が行った(甲B12、乙A1・4頁、A2・20頁、証人G)。

このような態勢は、画像診断の能力も、医師の方が技師よりも優れていることを前提とするものであり(証人G)、心エコー検査を行った技師は、医師に対して検査報告をするが、その報告をもとに画像診断をするのは医師であり、医師は必要に応じて心エコービデオを確認するなどして、画像診断をすべき義務があったものと認められる(甲B11、証人G)。

ウ 本件心エコー検査の経過

前記のとおり、G医師は、狭心症を疑って、心カテーテル検査及び心エコー検査を実施することとしたが、心エコー検査は、順番待ちの状態ですぐには実施できなかったので、さきに心カテーテル検査を実施し、そのの結果から、狭心症や心筋梗塞のような冠動脈疾患は否定されると診断したうえで、その診断内容をカルテに記載し、そのカルテをN技師に回し、N技師は、そのカルテも見た上で、17日午後5時30分ころから本件心エコー検査を実施した(前記認定事実、乙A1・4頁、証人G、弁論の全趣旨)。そして、本件心エコー検査が終了し、N技師がその報告書を作成したのは午後6時ころであったが、G医師は他の仕事が忙しくてその報告書を読んだのは、前記のとおり、午後9時ころになってからであった(前記認定事実、証人G)。

< p>    エ 本件心エコー検査実施前に疑うべき疾患

Eは、17日の午後2時53分に救急車で被告病院に搬送されてきたものであるが、その後まもなくG医師による診察を受けた際に、数日前から労作時に胸部に不快感があったこと、前日にHクリニックで診察を受けたこと、当日もトイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを伝えており、G医師は、Eに対する問診の結果や、Eの症状が被告病院に到着したときには軽快していたことなどから、Eの疾患について、解離性大動脈瘤のように一定の症状が継続するものではなく、狭心症のように症状に変動があるものであると判断し、また、すでに撮影されていた胸部レントゲン写真を見て、呼吸器系の疾患については疑いを持たなかった(前記 認定事実、証人G)。

そこで、G医師は、狭心症のような冠動脈疾患を最も疑って心カテーテル検査を実施したものであるが、その結果、本件心エコー検査実施時には、冠動脈疾患は否定されていたのであるから、本件心エコー検査は、強い胸痛を起こす胸部疾患で、症状に変動のあるもの、しかも、冠動脈疾患や呼吸器系の疾患以外のものを疑って実施されたものというほかないが、G医師の肺塞栓症についての前記経験からすれば、そのような疾患として、肺塞栓症の可能性がある(血栓子が詰まっては流れ、詰まっては流れている可能性がある)ことは認識できたものと認められる(甲B6、B10)。

そして、G医師は、Eに対する問診で、労作時に胸部に不快感を感じるようになったのは数日前からのことであり、17日には、トイレ� �後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことを聞いているのであるから、仮に肺塞栓症であれば、それは、慢性の肺塞栓症ではなく、急性の肺塞栓症である可能性が高いことも認識できたものと認められる(G医師は、発症してから1日から10日経過しているものは、急性の肺塞栓症であると供述している(証人G)。)。

オ 本件心エコー検査の重要性

G医師は、被告病院到着後のEの症状が乏しいことから、肺塞栓症の可能性の有無を心エコー検査で早急に確認する必要があるとは考えなかったと供述している(証人G)が、肺塞栓症は、症状に変動があり(血栓子が詰まったときは胸痛や呼吸苦があるが、それが流れれば症状が消失又は軽快する。)、文献上、急性肺塞栓症(急性肺血栓塞栓症)は、再発を起こしやすいことから、発症後の再発予防はきわめて重要であり、あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するとされており(甲B14・96頁)、G医師も、急性肺塞栓症という診断がつけば、この文献に書かれていることは当然のことだと供述している(証人G)のであるから、肺塞栓症の可能性があれば、症状が乏しかったとしても� ��肺塞栓症であるか否かを心エコーで早急に確認する必要があったものというべきである。

そもそも、G医師は、Eの症状が重いものであり、診断に緊急性を要すると判断したからこそ、侵襲性が高く、検査に伴う危険性も存在する(甲B13、証人G)心カテーテル検査を実施し、その結果、狭心症や心筋梗塞の発症は否定されたにもかかわらず、心臓に問題がないのなら帰りたいと申し出たEに対して、原因を究明して治療を行う必要があることを20分程度の時間をかけて説明して、強く入院を勧めたものである(前記認定事実)。

したがって、実際には、G医師も、心エコー検査の重要性は十分に認識していたことが窺われる。

カ 心エコー検査実施についてのG医師及び被告病院の対応

(ア) 心カテーテル検査が終了したのは、17日の午後3時50分ころである(前記認定事実)から、本来、G医師は、その後速やかに心エコー検査を実施し、その結果からその後の検査の要否を判断すべきであったというべきである。しかし、実際には、本件心エコー検査は、同日午後5時30分ころから実施され、その結果報告書は、通常の診療・検査の時間を過ぎた午後6時ころになって作成された(前記認定事実、証人G)。

このように心エコー検査が遅れた理由について、G医師は、心エコー検査が順番待ちであったためと供述している(証人G)が、G医師に心エコー検査を早期に実施する必要性が高いという認識があれば、G医師自ら携帯型の心エコー器によって心エコー検査� �実施することも可能であったと考えられ(翌18日にはEに対して携帯型の心エコー器による心エコー検査が実施されている(前記認定事実)。)、結局、心エコー検査が遅れたのは、心エコー検査が順番待ちであったということだけでなく、G医師が多忙な状態に置かれていたため、他の仕事を優先し、検査結果が出るのは通常の診療・検査の時間を過ぎることになる可能性があることを認識しながら、心エコー検査をN技師に委ねたためと認められる(甲B12、証人G)。  

(イ) そして、G医師は、Eに入院を強く勧めていながら、心エコー検査以後、本件心エコー検査の結果報告書を確認する午後9時ころまで、Eの診察は行っておらず、Eが午後7時ころ、看護師に対し、動くと少し苦しいと軽度の気分不快を訴えたこと(前記認定事実)も 知らなかった(証人G)。

G医師は、本件心エコー検査の結果(前記のとおり午後6時ころにはN技師の報告書が作成されていた)の確認がこのように遅れた理由について、他の患者に対する説明や退院などに伴う用途業務に追われていたためであると供述している(証人G)が、前記のような本件心エコー検査の重要性を考慮すると、そのような理由は、本件心エコー検査の結果の確認を遅らせることを正当化するものとは認めがたい。

    (ウ) したがって、本件心エコー検査は、本来、通常の診療・検査の時間内に実施されるべきものであったし、通常の診察・検査の時間を過ぎて結果が出たとしても、それは被告病院の事情によるものであって、それによって患者が不利益を被ることはあってはならないものというべきであ� ��。

ましてや、担当医師あるいは被告病院の事情で本件心エコー検査の結果の確認が遅れ、確認した時間には、緊急の検査以外の検査は実施しにくい状態になっていたとしても、そのために患者が不利益を被ることがあってはならない。      

キ 本件心エコー検査の結果及びG医師の対応

(ア) 前記のとおり、G医師が午後9時ころに確認したN技師の報告書には、肺動脈圧については「38mmHg」、下大静脈については、「29〜20mm」、「ややコンプライアンス弱いです」と記載されており、G医師は、この報告書を読んで、肺動脈圧については微妙な数値で、正常な者でもこの程度の数値を示すことがあると判断したが、下大静脈は、コンプライアンスが弱く、かつ拡張しており、肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していない(下大静脈の状態から判断すると、肺動脈圧はもっと高くなってよいはずなのに、それほど高い数値を示していない)ので、心電図を見直してみたところ、右心負荷傾向を示す所見が認められ、肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えたが、� �エコービデオの画像を確認するまでのことはしなかった(前記認定事実)。


(イ) しかし、本件心エコー検査のビデオ画像を読影したJクリニックのK医師は、右室拡大、左室扁平化、心室中隔の運動異常から右室(右心)負荷は明白であり、肺高血圧症があると診断しており(甲B11)、G医師も、本件訴訟が提起されてから本件心エコー検査のビデオ画像を確認したところ、K医師と同じく、肺高血圧症の所見があると供述している(証人G)。

(ウ) また、G医師は、本件心エコー検査の結果を確認した午後9時過ぎの時点(前記のとおり、病室は消灯されており、Eは寝息を立てていた。)ではもちろん、仮に午後6時ころの時点で本件心エコー検査の結果を確認していたとしても、通常の診察・検査の時間を過ぎていて、被告病院が日常一般的な機能をしているときで� �ないので、肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断に必要な検査を実施したかどうかは分からない、仮に本件心エコー検査のビデオ画像を確認したとしても同様である旨供述している(証人G)。

(エ) しかし、前記のとおり、G医師は、相当数の肺塞栓症の診断、治療の経験があり、肺塞栓症の診断をする場合、心エコー検査で肺高血圧の所見が得られれば、肺血流シンチ等の検査を行い確定診断をつけるのが診断のプロセスである旨供述しており、しかも、急性肺塞栓症は、再発を起こしやすいことから、発症後の再発予防はきわめて重要であり、あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するという認識もあったのであるから、肺高血圧症の所見を得ながら肺塞栓症の確定診断に必要な検査を翌日に回すとは考えがた い。

(オ) したがって、これまでに認定した事実を総合すると、17日中にEについて肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のための検査が行われなかったのは、G医師あるいは被告病院側の事情でその時期を逸してしまったものと認められ、G医師は、心エコー検査の重要性は十分に認識していながら、忙しかったためにその結果の確認が遅れ、午後9時ころに結果を確認した時点では、急性肺塞栓症の可能性があると判断しながら、この時点で検査を実施するのは、よほど緊急性がある場合に限られるので、仮に急性肺塞栓症であったとしても、翌日までに再発することはないだろうと軽く考え、本件心エコー検査のビデオ画像の確認もせず、肺塞栓症の確定診断に必要な検査もしなかったものと推認される。

   ク G医師の検査・診断義務違反

前記のようなEの症状から判断して、心カテーテル検査の結果、狭心症や心筋梗塞のような冠動脈疾患が否定された以上、急性肺塞栓症を疑って早急に心エコー検査を実施することは当然のことであり、G医師は、心エコー検査の結果が出たら直ちにこれを確認し、本件心エコー検査のビデオ画像も確認して、肺高血圧症の所見を得たら、肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のための検査を実施し、肺塞栓症と確定診断がされたら、ヘパリンを投与して再発を防ぐべき義務があった(肺塞栓症の疑いを抱いた場合には、抗凝固のためにヘパリンを投与すべきとされている(甲B6、B7、B14)。)というべきであるが、同医師はこれを怠り、結局、17日中には肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のため の検査を実施しなかったのであるから、そのために生じた結果について、同医師は不法行為責任を負い(もっとも、これまでに認定した事実によれば、医師があまりにも余裕なく働いているという被告病院の態勢にも問題があることが窺われる。)、被告は使用者責任を負うものというべきである。

  (2) 因果関係について

次に、G医師に上記(1)の検査・診断義務違反がなかった場合、Eの死亡という結果を避けることができたかどうかについて検討する。

前記のとおり、Eは、18日の午前6時55分ころ、急性肺塞栓症を再発したために死亡したものであり(前記認定事実、証人G)、本件心エコー検査のビデオ画像から判断される肺高血圧症は、急性肺塞栓症を示すものであったと認められる(証人G)ので、G医師が、本件心エコー検査のビデオ画像から肺高血圧症の所見を得て、肺血流シンチ等の肺塞栓症の確定診断のための検査を実施していれば(被告病院においては、肺血流シンチの実施は可能であった(証人G)。)、急性肺塞栓症の確定診断がされ、遅くとも17日中にはヘパリンが投与されることになったものと認められる (ヘパリンには活動性の出血が禁忌とされており(甲B1)、Eには消化管出血の可能性もないわけではなかった(前記認定事実)が、Eにヘパリンの投与が許されないような活動性の出血があったことを窺わせるような証拠は存在しない。)。

そして、ヘパリンの投与は、急性肺塞栓症の治療方法として確立されたものであり(甲B1からB7まで、B14)、「肺血栓塞栓症は再発防止を目的に、ヘパリンが第一選択薬である。また、急性肺血栓塞栓症の場合には、その2次予防は既存の血栓を溶かす血栓溶解療法と不可分のものであり、発症後できるだけ早期に血栓溶解療法を行うことが推奨される。血栓溶解療法を行うことは、静脈血栓の溶解を助長するのみならず、血栓の再発を抑える作用がある。」(甲B14・96頁、97頁)とされているので� �るから、17日中にヘパリンが投与されていれば、Eの急性肺塞栓の再発は防ぐことができ、Eの死亡という結果は生じなかったものと推認される。

したがって、被告は、Eの死亡によって生じた損害について、不法行為(使用者責任)による損害賠償義務を負うものというべきである。

 3 争点(2)(損害)について

  (1) Eに生じた損害

   ア 逸失利益                3769万9356円

     Eは、本件事故当時は54歳であり(前記前提事実)、平成13年度には、生命保険会社の外務員として年間573万3350円の収入を得ていたと認められる(甲C3の2)ところ、これをもとに、生活費割合を30パーセントとして、67才まで稼働した場合の逸失利益をライプニッツ方式で計算すると、573万3350円×0.7×9.3935=3769万9356円(1円未満切捨て)となる。

   イ 慰謝料                     2000万円

     Eは、適切な検査、診療が行われると説得されて被告病院に入院したにもかかわらず、適切な検査・診断がされることなく死亡に至ったものであり(前記認定事実)、その慰謝料としては、2000万円と認めるのが相当である。

   ウ 相続

     上記ア、イの合計5769万9356円は、Eの夫である原告Aが、2分の1である2884万9678円を、Eの子であるその余の原告らが、6分の1である961万6559円(1円未満切捨て)ずつを相続したものと認められる(甲C1、C2)。

  (2) 原告Aに生じた損害

   ア 葬儀費用                     120万円

     原告Aは、Eの夫であり、弁論の全趣旨によれば、その負担において、Eの葬儀を行ったものと認められるところ、葬儀費用相当の損害は、120万円と認めるのが相当である。

   イ 慰謝料                      100万円

     原告Aは、妻であるEを適切な検査・診断がされることなく失ったものであって、その慰謝料は、100万円と認めるのが相当である。

   ウ 弁護士費用                    300万円

     本件事案の内容や認容額等を考慮すると、原告Aに生じた弁護士費用相当の損害としては、300万円と認めるのが相当である。

  (3) 原告B、原告C及び原告Dに生じた損害

   ア 慰謝料                     各100万円

     原告B、原告C及び原告Dは、母であるEを適切な検査・診断がされることなく失ったものであって、その慰謝料は、各100万円と認めるのが相当である。

   イ 弁護士費用                   各100万円

     本件事案の内容や認容額等を考慮すると、原告B、原告C及び原告Dに生じた弁護士費用相当の損害としては、各100万円と認めるのが相当である。

  (4) まとめ

    以上より、被告は、原告らに対し、不法行為(使用者責任)に基づき、原告Aに対して3404万9678円、原告B、原告C及び原告Dに対して各1161万6559円並びにこれらに対する不法行為の日(Eの死亡の日)である平成14年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

 4 結論

   よって、原告らの被告に対する請求は、不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、原告Aについては、3404万9678円、原告B、原告C及び原告Dについては、各1161万6559円並びにこれらに対する平成14年7月18日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
   なお、仮執行免脱の宣言は相当でないから、これを付さないこととする。

         東京地方裁判所民事第30部
         裁判長裁判官  福田剛久
         裁判官  川嶋知正
         裁判官新谷晋司は、転任のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官  福田剛久



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